テクノロジーでブランドを作り上げる、D2Cカンパニーとしての新しい挑戦

2020.12.09

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今回は、アーツアンドクラフツ株式会社の吉田取締役をお招きして、D2Cという新しい考え方や事業モデル、ブランドにまつわる時代考証的な観点を含めて解説します。今後ブランドと生活者の関係というものがどのように進化・発展していくのか、自社で展開しているブランド事業も踏まえて、お話していきます。

竹内哲也(以下、竹内):
はじめに、アーツアンドクラフツという会社が、どのようなコンセプトで、具体的にどういった事業を展開しているのかお話いただけますでしょうか。

吉田貞信(以下、吉田):
私たちは「“つくる”の力で、世界をより豊かに 」というビジョンのもと、ものづくりとテクノロジーを調和・融合し、社会を豊かにする仕組みや価値を提供する会社です。

事業としては、消費者向けに自らブランドを構築し運営していく「ブランド事業」と、自らの実践で得たノウハウを他の法人企業様向けに展開していく「コンサルティング&ソリューション事業」のふたつの事業を手掛けています。

ブランド事業では、全国10店舗を展開するオーダーメイドの結婚指輪工房「ith(イズ)」を中心に、家具や食材などのEC事業もおこなっています。D2Cという言葉が生まれる以前より生産者と消費者の価値をダイレクトに結ぶために、顧客接点からものづくりの領域まで、自分たちで実践するというかたちで取り組んできました。

近年D2Cという概念が盛んになるなかで、自分たちがやってきたことを改めて整理し、他社へも展開可能なかたちでメソッド化し、コンサルティングサービスなどのソリューション化を進め、より広く社会に還元できる会社になりたいと考えているところです。

竹内:
実は、D2Cという言葉が生まれるかなり前から、いろいろ試行錯誤されながら、現状の事業モデルに収斂されていったということですね。

吉田:
はい、そうですね。弊社の創業メンバーはIT・広告・コンサルティングといったB2Bのプロフェッショナル領域を専門とする人間の集まりなのですが、「そのままそっちの道で起業するのもなんだかなあ」ということで、どちらかというと今までやっていたことの対極にある、リアルなものづくりに踏み込んで応援しよう、とアーツアンドクラフツを立ち上げました。

最初は、ジュエリーのスクール事業からスタートしましたが、事業立ち上げや継続する難しさなども経験しながら試行錯誤を繰り返すなかで、使う側とつくる側がダイレクトにやりとりしながらものづくりをしていく今のアプローチがうまくいき、なんとかここにたどり着いたというところです(笑)。

竹内:
具体的な事業内容に入っていく前に、吉田さんが、時代考証的な観点から取りまとめた「ブランド論」に関して、改めてお聞かせいただけますか。こちらは、ルネッサンス期、産業革命期、そして、現代と、3つの大局的な時間軸の中で、ブランドが今までどのように変遷してきたのか、そして、今後、どのようなことが要件として求められてくるのでしょうか。

ブランドを紐解く(1)/ヨーロッパの歴史から

ブランドを紐解く(2)/アメリカでの産業発展

ブランドを紐解く(3)/ブランド大競争時代

テクノロジーがもたらすブランドの民主化


吉田:
はい。最近D2Cブランドという言葉に代表されるように、生産者と消費者がダイレクトに結びつくビジネスモデルが新たな潮流として取り沙汰されてきたのですが、もっと長い歴史的スパンで捉えて調べてみると、もともと多くのものづくりは、身の回りに暮らす誰かや、富や権力を持った王様や貴族といった特定の人のためにおこなわれていたのではないかということに気がつきました。

例えば私たちが属しているジュエリー業界には、17世紀や18世紀に始まり今につながるブランドも多々ありますが、「〇〇王のお妃のためにはじめました」などの、非常に極私的なストーリーが起源になっているブランドも少なくありません。宝飾品という特性もあるのですが、手仕事が中心で、生産力が限られていた時代にはほとんどのものづくりにおいて、ある意味必然的なことだったと思います。

今の世の中は、大量生産・大量消費が前提になっていて、誰もが疑わない常識になっているのですが、実はそれは19世紀以降に産業革命が起こって以降のことなんですね。産業革命がもたらした技術革新によって世界中に廉価なものが行き渡り、新たな富を生み出していきました。新たな富によって豊かになった人々は、より良いものや人とは違う個性などを求め、それを助長するようにより細かく複雑な流通網が発展し、さらに新しい生産と消費の文化を生み出していきました。

そして、それが行き着くとこまで行くと同時にIT(DX)という新たな革命の波が社会に広がって、再び生産者とコンシューマーが直接結びつくあり方がいいよね、という考えが復活してきた。これが今のD2Cという概念につながる大きな流れなのではないかという考え方です。

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(図1:ブランドの変遷)

 

竹内:
非常に面白い観点で捉えられていますね。たしかにD2Cという言葉を文字通りに捉えるならば、商業流通が発展する以前の商取引はほとんどがD2Cだったんだろうなということになりますよね(笑)。

たしかに、大量生産・大量消費モデル以前の古き良き世の中を想像してみると、現在のD2C文脈で語られているように、店舗が商品を購入する場ではなく、商品を体験する場になるとか、顧客との接点は、噂や評判の口コミを現代化したソーシャルメディアで形成されるとか、さらにこれからのものづくりは供給ありきのサプライチェーンではなく、需要ありきのデマンドチェーンのほうがフィットするよね、というような考え方がリアルにイメージされてきますね。

吉田:
そうなんです。今いろいろなところで語られているD2Cというものの多くは、いわゆるバズワード的で表層的な捉えられ方をしていて、インターネットの世界での情報操作に長けた人たちが、世界的規模で整備が進んでいるOEM的なものづくりのプラットフォームをうまく活用して、小資本かつ短期間で「わっと稼げちゃう」みたいな盛り上がりをしている部分も否めないと思うのですが、歴史的に捉えながら世の中の動向を見ていくともっと深く本質的な動きになっているんじゃないかと思っています。

竹内:
本質的な動きとはどういうことでしょうか。

吉田:
D2Cという概念のもとに顧客接点からものづくりまでいろいろな変化が生まれてくると思うのですが、本質的なキーワードは「個」とその個への対応、ということだと考えています。大きな時代の流れや技術進歩、そういったものを総合して考えると、消費者と言われる人たちは大きな塊から、より一人一人の個性を持つ多様な個へと近づいてくる。そのなかでそれぞれの個人がどれだけ豊かに過ごしていけるか、ということがさらに問われるようになってくると思います。最近流行りの「顧客体験価値」が重要だというのも、この文脈からきているのではないかと思っています。

企業としても、それぞれの個人に対してどれだけ寄り添った事業活動ができるかということが大事な観点になると考えています。インターネット技術の発展に伴って情報のパーソナライズは随分と進んできていますが、物理的なモノづくりに関してもパーソナライズする考え方と実践的な方法論が大事になってくるでしょう。リアルでフィジカルな活動の中に、テクノロジーを活用して「個」を捉え直すという大きなテーマが隠されていると思います。

竹内:
実践論の話が出てきたところで、アーツアンドクラフツが展開しているふたつの事業に関してお聞かせください。まずは、オーダーメイドの指輪製作・販売事業に関して、お聞かせいただけますか。

吉田:
オーダーメイドの結婚指輪工房「ith(イズ)」は、ひとりの女性職人のアトリエをルーツにもつブライダルジュエリーのブランドです。2014年に吉祥寺の小さなアトリエからスタートして、今では全国10店舗+オンラインというかたちで営業展開しています。

もともと、現在もブランド代表である職人の高橋が、自分自身の小さなアトリエでお客様をお迎えし、そこで会話しながら決まったオーダー内容を、自らの手で作ってお納めする、というまさに古き良き原点のようなものづくりからスタートしましたが、店舗が増えた今でも、「たくさんよりも、ひとつをたいせつに」という言葉を大事にしながら、お客様の結婚指輪・婚約指輪を、すべてオーダーメイドの受注生産で作っています。

顧客とつくり手が密にコミュニケーションを取り合いながら、ああでもない、こうでもないと議論を重ねながら、理想とする指輪を一緒になって作っていく。そんな顧客体験全体を価値としてお届けしています。結果的に、「職人が指輪を作った」のではなく、お客様自らが「自分で指輪を作った」という体験価値を提供することがゴールになります。

竹内:
すべてをオーダーメイドでつくるというのは大変なことですよね。

吉田:
はい、規模が小さいうちはまだ良いのですが、つくる本数が増えてくると制作に関わる職人の数も増えますし、生産管理の難しさもぐっと増します。ジュエリーの生産製造に関わる基本的な技術をベースにしつつITの仕組みをうまく組み込んだり、時には広告的に情緒的なかたちで生産的デメリットを顧客ベネフィットへと転化させたり(納期が長い→手間暇と思いが詰まっている、と言い換えるなど)といったさまざまな工夫を組み合わせ、高いハードルにチャレンジしてきました。

同業者のなかでもこの辺りを苦慮して2〜3店舗で出店を止めてしまうか、オーダーメイドは諦めて量産品を中心に営業していくかという二択が多いなか、私たちなりに苦労しながら、ひとつひとつの指輪をつくり分ける方法を、諦めずに進めてきたことが私たちの大きな強みを生み出しているんだと思います。

先ほどお話した、「個」への対応とその価値というものは、「ith」での実践を通じて見出したものです。この事業での実践経験を通じて、ブランドというものを立ち上げるとはどういうことなのか、何を大切にしていかねばならないのか、そしてものづくりの未来に何が必要なのかということを学んでいます。

竹内:
ありがとうございます。次に、家具の制作・販売事業に関してお聞かせください。また、このふたつの事業に共通する要素などもお聞かせいただければと思います。

吉田:
オーダー家具ECの「WELL」はこの秋に新しく立ち上げた新規事業です。もともと一生に一度の結婚指輪をおつくりするなかでお客様と強いエンゲージメントが生まれ、もう少し継続的にお客様と関われることをできればということで新しい事業を検討しました。そのなかで生まれたのが「WELL」です。

「WELL」は、アーツアンドクラフツが掲げる「“つくる”の力で、世界をより豊かに」という考え方に、「暮らしを豊かにする家具」というコンセプトでスタートしました。結婚指輪に続く家具ですので、指輪から始まるおふたりの素敵な人生を豊かにしていくためのプロダクトとしての家具という考え方です。

こちらもD2C的なモデルを軸として、家具の全国的な産地である九州・大川の家具メーカーと提携し、基本品質の良さは前提に、仕様のカスタマイズやメンテナンスなど、結婚指輪と同じように長く愛着を持って使い続けられる商品づくりを進めていく予定です。新規事業ですので実験的なこともやろうということで、アイレップさんとも協業して配信型のブランディングやソーシャルコマースなどにも挑戦していこうと思っています。

竹内:
新しい試みができるのは当社にとっても楽しみです。あと御社がユニークなのは、自社事業を展開するだけでなく、自社ブランドを立ち上げたい企業やD2C事業を展開したい企業向けに、事業コンサルティングをしていることだと思います。そもそも、このような事業を展開しようと思った背景や思いとは何なんでしょうか。

吉田:
冒頭にも述べましたが我々創業メンバーは、もともとはみんなソリューション寄りの仕事をしていました。アーツアンドクラフツを立ち上げてからもちょこちょこと事業支援的な仕事もしていたのですが、2017年頃から戦略コンサルティングファーム出身の役員を中心に、法人支援の部門を本格的に立ち上げました。

経営戦略の支援から、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)などの業務改善、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などのIT導入と守備範囲は広いのですが、自分たちの強みや特徴をフォーカスしていくうえで、自社で手掛けているB2C事業と重なる領域としてD2C分野でのソリューション強化を図っています。

グローバルに展開するブランドの活動を紐解けばわかるように、ブランドの育成発展には高度なビジネス知識を持つ人材を必要とします。そのために自社でブランドを育成しながら、片方で高度なビジネスプロフェッショナルを養成していくことで、自社/他社問わずにブランドビジネスを加速させていくビジネスモデルをイメージしています。

また私たちの社名は、19世紀末にウイリアム・モリスが推進した社会運動から引用していますが、大きな変革の時代のなかで社会全体を良くしていきたいという思いもあり、自分たちだけで完結するのでなく、自分たちが得た知恵や知識も他の企業にも展開していくことが使命なのではという考えも持っています。

竹内:
ありがとうございます。それでは最後に、アーツアンドクフラツが提唱している「ブランド・テック」という考え方から、今後、ブランド市場がどのように変化していくのか、そのなかで、アーツアンドクラフツとして、どのような事業を展開したいと考えているかお聞かせいただけますか。

吉田:
私たちの原点でもあり理想形にもなっている「顧客と生産者が一緒になって価値をつくっていくものづくりとブランドのあり方」は、私たちだけの特殊なものでなく、より一般的なブランド企業のあり方になり得るのではないかと考えています。

そのなかで、顧客を中心軸に据え、マーケティング、メディア、マニュファクチュアリング、マネジメントの「4つのM」に対し、ITの力を活用しながら有機的・統合的に事業を進めていくことがこれからのブランド育成に求められます。このフレームワークと方法論を「ブランド・テック」という概念として提唱しています。

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(図2:アーツアンドクラフツのブランド・テックフレームワーク)

 

途中にもお話しましたとおりD2Cのバズワード的な盛り上がりを見せたのちさまざまな淘汰が生まれてくると思いますが、日本にはまだまだ世界に誇れるような優れたものづくり力を持った企業も多く、これらの会社が自らの価値をしっかり消費者に伝えながら双方が近い距離でものづくりをしていくことができれば、改めて世界の中でも競争力を持つブランドが生まれてくるのではないかと考えています。

今後としては、海外展開も視野に入れながら自社ブランドの育成に取り組みつつ、その知見をソリューション化し同じような考えを持つものづくり企業の支援もしていく、さらにその中からより深い形でパートナリングを結ぶような企業が出てくるかもしれません。

いずれにせよ私たちが実践を通じて生み出した方法論が、何らかのかたちで循環し社会に対する一助となるよう頑張っていきたいと思います。

 

<プロフィール>

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吉田 貞信

アーツアンドクラフツ株式会社
取締役・ブランド事業部長

NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。2014年よりジュエリーブランド「ith」のマネジメント全般に携わり、事業拡大に貢献。

 

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竹内 哲也

株式会社アイレップ 執行役員
ソリューションビジネスユニット ユニット長

NTTデータ、コーポレイトディレクションなどを経て、2014年にデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムに参画。2018年よりアイレップも兼務し、グループ全体の統合デジタルマーケティングを包括的に牽引。2019年度よりアイレップ専任執行役員。ソーシャルメディアマーケティング支援企業のシェアコト社外取締役も兼任。専門は事業開発。早稲田大学政経学部卒。著書に『統合デジタルマーケティングの実践: 戦略立案からオペレーションまで(東洋経済新報社)』や、5月29日に新刊『デジタル時代の基礎知識『BtoBマーケティング』(翔泳社)』を上梓。

この記事の著者

竹内 哲也

NTTデータ、コーポレイトディレクション等を経て、2014年にデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムに参画。2018年より株式会社アイレップも兼務し、グループ全体の統合デジタルマーケティングを包括的に牽引。2019年度より株式会社アイレップ専任執行役員。早稲田大学政経学部卒。専門は事業開発。

NTTデータ、コーポレイトディレクション等を経て、2014年...

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