【第3回】DX入門:DXにおけるリーダーシップとは?

2021.06.02

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第2回目は、X(トランスフォーム)すべきことに関して、さらに掘り下げて考えてみました。第3回目は、リーダーシップの視点からDXを考えてみたいと思います。

第1回目、第2回目はこちらから参照ください。


竹内 哲也(以下、竹内):
前回はXのテーマに関して、解決すべき課題をどう生み出すかについて考えました。

今日はDXの推進におけるヒト、とくに社長をはじめとしたマネジメント層や、事業を推進しているリーダーシップチームを中心に話をしていきたいと思います。

大野 隆司(以下、大野):
DXに限りませんが、大きな取り組み・プロジェクトの成否は、それを推進するヒトに大きく左右されますよね。なかでもリーダーシップは、どのようなDXを目指すかを大きく規定してきます。これはDXというよりかは、「Xをどう目指すかで変わる」と言ったほうが適切だとは思いますけど、今日はDXで統一しておきましょう。

竹内:
リーダーシップの話に進む前に、昨年末に出されたMETI(経済産業省)の『DXレポート2 中間とりまとめ 』について伺いたいのですが、ここでは「DXに未着手あるいは一部部門での実施」という回答が約95%となっています。一昨年くらいの別の調査では、もっと推進している企業が多かったように記憶しています。

大野:
これは、一昨年前段階でのDXと位置付けていた取り組みが、とてもDXとは言えないということに気が付きだしたということじゃないでしょうか。気が付きだしことは、もうひとつ。DXの「神通力」みたいなものが効かなくなってきたということですかね。

竹内:
DXの神通力ですか?

大野:
水戸黄門の印籠でもいいですよ(笑)

去年くらいまでは「DXに取り組み、成長を実現する」みたいなフレーズを社長会見とかでまぶしておけば、好意的に受けとめられたでしょう。場合によっては株価へのポジティブな影響にもなりえたかもしれません。

DXについてはメディアのリテラシーというか知的レベルが低いところもありますから、「DXの中身はよくわからないけど、なんか先進的・大胆なことをやるんだろうな」くらいで、厳しい突っ込みもなかったでしょう。

竹内:
DXだけではなく、デジタルマーケティングなどでも、なんだか頓珍漢な記事を出すメディアってありますよね(笑)

大野:
あちらこちらで見聞きする「DXで成長」といったフレーズは、何十年も前から使われてきた「お客様第一主義の徹底」みたいなものと同じで、その実態は「なにも言っていない」に等しいものですね。

デジタルに何百億円、何千億円を投資していくといった発表も、中身をみれば保守期限のきれたハードウェアの置き換えやRPAなどの定常業務効率化といったものが中心で、「DX、とくにXでそれを言ってしまっていいの?」というものも多かったりしますね。

こういうあたりがなんとなくわかってきて、「とりあえずDXと言って、その場を凌いでおくだけではだめそうだ。やはりきちんと取り組まないとやばいんじゃないか?」ということが、じわじわと腹に落ちてきたってことじゃないでしょうか。

竹内:
なるほど、神通力や印籠が通じなくなったからこそ、きちんとやらないといけないとわかったということですね。

大野:
ええ。だから「未着手」といったう回答は、「仕切りなおさなければならないとの認識が萌芽した」と前向きに解釈してもいいだろうと思うわけです。

竹内:
大野さんにしては、ずいぶんと、性善説的なことばですね(笑)

大野:
そうですかね(笑)

まあ、「ディーエックス」が急速にバズワード化したので、経営者もよく考えずに口にしたり、指示をだしたりせざるを得ない状況だったというのが実際のところだったろうと思うわけです。

竹内:
なるほど(笑)

仕切り直しにせよ、新たにはじめるにせよ、「どのようなDXを狙うのか」を決めないといけませんが、これを決めることが最も難しいだろうなと思います。

やはり「わが社は、どのようなXを狙うのか?」というところを、しっかりと定めないと後続で注ぐ労力や投資がビジネスの成長につながらない懸念も大きいので、ここの重要性が最も高いと考えています。


大野:
そのとおりですね。本当に難しいし、重要性も高い。

「どのようなDXを狙うのか?」を決めたとしても、社会環境の変化などをみながら、修正をかけていくことや、場合によってはピボットも必要にはなってきます。とはいうものの、これを決めずになんとなく始めても、「それなりのデジタル技術やツールを導入しました。以上」というものに堕してしまうことになりがちです。

竹内:
「どういう方向を目指すのか」を決めていくときに、リーダーに求められるものはなんでしょう?

大野:
ひとことで言えば「ビジョナリー」ですかね。

竹内:
ビジョナリーというと、ヒトによって受け取り方の幅は広いように思われます。
先見の明や洞察力があるヒトというものもありますし、空想家とか非現実主義者といった意味もありますしね。

大野:
ここは「明確なビジョンを持ったヒト・示せるヒト」といった意味で持ってきました。
個人的には、空想家とか非現実主義者と周りから言われるくらいのものを示してもらいたいというものはありますが、あくまでも個人的な好みです(笑)


竹内:
となりますと、DXでのビジョナリーは社長であることが望ましいですよね。

大野:
もちろんです。

よく「DXでは社長のリーダーシップが必要」ということが言われます。リーダーシップに求められる要素はいろいろありますが、ひとつだけ選ぶとなればビジョナリーであることだと思っています。

竹内:
そのとおりだとは思います。ただ、デジタルやITに詳しい社長というのは…

大野:
いませんよね(笑)

ただ、この点はたいした問題ではないというのが、私の考えです。

前回「デジタル技術から発想しない」ということを述べました。デジタル技術からの発想は、目指すところを矮小化させ、手段の目的化となってしまうリスクがあると強く思うからです。

デジタル技術に詳しくなることは否定しませんし、ぜひ力を注ぐべきだと思いますね。ヒントになることも多いでしょうし。ただ、時間の余裕があるのならば、という条件付きです。

あくまでも求められることは、自社の競争力を持っている資源、マーケットにおける顧客の課題の変化、ディスラプタの脅威、こんなことを念頭に「どこを、どのように目指すのか?」、別の言い方をすれば「Xのありよう」を示すことですね。

竹内:
それは社長の本業とも思いますが(笑)

大野:
話をしていて、私もそう思いました(笑)

いままでのビジネスの延長線で是としている社長も、依然として多いとは思います。
ただ「これでは危うい」という意識をもつ社長は、いままでのビジネス経験と比べてみても変化が速くなっているっていう感覚が間違いなくあるでしょう。

たとえば、重要な経営アジェンダとしてグローバリゼーションへの対応がありますよね。

為替変動が重要な経営アジェンダになりだしたのは80年代からですが、90年くらいからはNICKSやNIESといったワードがありましたように生産拠点、そして市場としての新興国とのかかわりがハイライトされてきました。
そのひとつの中国はGDP2位になりましたし、ワードでみればBRICSというのが流行ったのは10年前くらいでしょうか。
その後、世界的にはBOP※1への関心が高まっていったというように、グローバリゼーションはこの数十年重要な経営アジェンダでしたし、これからもそうでしょう。

※1:BOP Bottom of Pyramidの略。所得階層の最底辺の意味。約40億人という巨大市場。

ただ、これにくらべてデジタルがひきおこす変化は「かなり急激だ」という感覚があるのだと思います。

竹内:
たしかに「デジタル技術を駆使したディスラプタが思いもよらないところから出現する」といった危機感や漠然とした不安は強いようですね。

大野:
まあ、一方で海外赴任は経験があってそれなりにわかっているつもりであるのに対して、デジタル音痴だからデジタル技術を過度に恐れているというところも、あるのかもしれません(笑)

竹内:
ありそうですね(笑)

大野:
確実にね(笑)

なんであれ、「このままだと危ないかも」という健全な危機感があれば良いと思います。そのうえで、まず大事なことは変わるべきか否かを決めることでしょう。

竹内:
変わることがXになるわけですが、どのくらいのものを示せばいいでしょう?

大野:
ベクトルを示すことができれば万々歳ですね。

竹内:
ベクトルとは?

大野:
よくあるこういうやつですよ。

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新顧客・市場ならば「新たに南米市場へ」とか「(B2C企業が)B2Bへ」とか「民需開拓だ」といった具合ですし、新サービス・商品ならば「自社資源活かした別分野の商品」「売り切りからサブスク」といったものになりますね。

ある程度の時間をかけてベクトルが練られてきているのならば、社長がこれを明確に示すことは良いでしょう。
ただ、この限りでない場合に、いたずらにベクトルを示すことは、発想の可能性を狭めてしまうという点で、諸刃の剣でもありますね。

竹内:
もし、そのあたりの検討をこれから始めるという場合は?

大野:
これは既存事業の比重を「どのくらい下げるか」ということだけで、いいんじゃないですかね?

竹内:
めんどうくさいからそう言ってるのじゃないですよね?(笑)

大野:
いえいえ。

これはかなり重要なことで、かつ勇気がいることですよ。本当に。

なにしろこれは、「5年後、10年後もいまのビジネスを改善し続けていれば、存続や成長に問題は無い」と考えているのか否かという意思表示です。

これはかなり大きな意思決定です。

もし「否」とした場合、嫌が応にも「X」を考え出さないといけなくなるわけですね。

それが新規事業を目指したDXの取組になるのか、M&Aを中心としたものになるのか、それら以外か、あるいは全部の総合戦なのかを考えていくことになるわけですが、比重によって打ち手の大胆さや跳び具合そして投資額はじめ、必要な体制や取組は変わってくるわけですよ。

竹内:
たしかにいまのビジネス改善で良しならば、業務効率化やコスト削減とかに集中すれば良しということになりますよね。「これをXと言っていいのか?」という前々回の話にもありました。

大野:
「うちのDXは業務効率化やシステム基盤の入れ替えで十分だよ」といった企業では、社長のビジョナリーという必要度は低くなりますね。

竹内:
ベクトル以外には?

大野:
あとはか実現のタイミングというか、実行のスピードといったとものでしょうね。いつまでにどこまでやる、ってことです。

ベクトル(Vector)と並べやすいことばにすると、ベロシティ(Velocity)といったところですかね(笑)

ベロシティは速度という意味ですが、ここでは「いつまでに達成させる」という意味ですね。

竹内:
なるほど。

さて、社長がビジョナリーであるべきことはわかりましたが、社長一人でやるわけにもいきません。本格的にDXをやるとしたらリーダーシップチームが必要になると思います。

大野:
社長がフルタイムでDXにかかりっきりというわけにも、なかなかいかないでしょうからね。
ビジョナリーたる社長が示したベクトルとベロシティを出発点に、落とし込みをするチームが必要となるわけです。

このチームが素案を作ったあとは、それの設計から実装までを行うプロジェクトなどが推進していくというかたちが一般的でしょうね。むろんそこでは多くの修正や場合によってはピボットがでてくるのは先にも言ったとおりです。

竹内:
リーダーシップチームはどういう構成になりますか。

大野:
ざっくり言えば、ストラテジスト(戦略を考える人)とエキスパート(専門家)ってことになりますね。

ビジョナリーたる社長が方向を示し、その実現の作戦をストラテジストとエキスパートが創り上げるわけです。
ビジョナリーの仮説や想いを起点として、リーダーシップチームでの議論や検証を繰り返しながら練り上げていくというやり方でしょうね。

竹内:
そのなかでのストラテジストの役割は?

大野:
これは、通常のイメージのものと変わらないと思います。

事業のポートフォリオの組み換えのフィージビリティスタディやリスクやピボットも含めたシナリオの策定、必要投資・コストの算定と、それによる将来的な企業の価値の見込みの算定などですね。
また、社長へのインプットとして、経営環境変化に伴う新しい課題の提示といった役割を担うことになります。

この段階でベクトルの初期的なアイデア群が生み出されることになりますが、これはあくまでも後段の担当者への参考情報といった位置付けにするのが良いでしょう。

後段のチームの発想の可能性を狭めるようなことは避けた方が無難です。

竹内:
DXならではのストラテジストの注意点ってなんでしょうか?

大野:
デジタル技術の目くらましにあわないようにすることでしょうね。

竹内:
目くらまし?

大野:
デジタル技術に疎いストラテジストほど、デジタル技術の可能性に囚われてしまいがちです。技術の可能性に過度に賭けてしまい、結果としてデジタル技術やツールありきになってしまうという落とし穴にはまりがちです。

その逆で「システム化は前にやったけど必ず失敗する」といった過度にネガティブなスタンスをとりがちのヒトもいますね。過去に中途半端にデジタルやシステムを齧った経験があるヒトに多いようです。

デジタル一知半解、デジタル半可通といったところでしょうか(笑)

こういうことを避けるためにも、エキスパートとの連携が必要となるわけです。

エキスパートに全面的にゆだねるよりは、ストラテジストが建設的な批判をおこなえる方がベターにきまっていますが、このような点への注意は必要となりますね。

竹内:
エキスパートはどういうヒトが必要でしょうか。

大野:
デジタル領域と、ビジネスモデルなどのエキスパートが必要になるわけです。
ここでは、とくにベロシティを考慮することが必要です。これは別の言い方をすればDXの実現方法を考慮するということです。代表的なこととしては、M&Aあるいはそれに類する手段を用いるか否かということですね。

竹内:
DXというかXで、新しい領域にでるということと、それの達成時期次第では、自力・既存資源のみで取り組んでは、とうてい無理ということはありますね。

こう考えてみると、ベクトルとベロシティっていうのは、うまくできていますね(笑)

大野:
ありがとうございます(笑)

デジタル技術ありきでDXを検討することが愚かであるのと同じく、M&Aありきで考えてしまうことも避けなければならないでしょう。

ただ、DXの実現方法の「あたり」を、早めにもっておくことの有効性は高いでしょう。

竹内:
リーダーシップチームには、社長の想いの「言語化」といった役割も大きそうですね。
これのとりまとめ役がCDO(Chief Digital Officer)になるのでしょうか?

大野:
うーん、難しい。現時点ではなんとも言えないというのが正解でしょうか。

まだCDOを設置している企業も多くはないですし、そもそもCDOの役割もまちまちな状況だと認識しています。

現在CDOあるいはCDO的なポジションの方は、CIOの経験者、デジタルマーケティングの経験者、データサイエンティストなどデジタル技術の担い手の方々、そしてVC出身などM&Aの経験者といったあたりが主流かなと思います。

こうみると、彼女・彼らは、まとめ役というよりかは、エキスパートに位置付けられるのではないでしょうか。

エキスパートにまとめ役というのは荷が重すぎますし、Xを矮小化させるリスク高いですよね。

竹内:
たしかに、DXのベクトルとベロシティで、まとめ役に求められる知見も異なってきますね。
最後に大野さんがみたなかで、すごいDXのリーダーの方ってどなたでしょうか?

大野:
いろいろとお付き合いもある身ですので、答えるのは難しい(笑)

Xのリーダーのモデルとして思い浮かべるのは、マイケル・ティルソン・トーマスさんというサンフランシスコ交響楽団の音楽監督です。彼のイノベーティブさと、高度なマネジメント力で、サンフランシスコ交響楽団は米国のローカルオーケストラからワールドクラスのそれに変貌したと言われています。

2019年にヘヴィメタルバンドのメタリカとの競演をご存じの方もいるかもしれません。これのトレーラーの動画は公開されていますし、彼のことなども調べてみると面白いかもしれませんよ。

 

竹内:
DXの会話がクラシック音楽とヘヴィーメタルで締まるとはなかなか良い感じです(笑)

大野:
素晴らしいアートを創るのにくらべれば、「DXなんて簡単なものだよな」と思っていただければと(笑)

 

<プロフィール>

大野 隆司

大野 隆司

ジャパン・マネジメント・コンサルタンシー・グループ合同会社
代表社員

34年間にわたり経営コンサルティング業務に従事。この20年は(株)KPMG FAS、(株)ローランド・ベルガーなど外資系コンサルティングファームにてパートナーを務め、2019年末に「経営戦略×デジタル」にフォーカスすべく独立。

競争戦略策定、新規事業やイノベーション創発、IT・デジタル戦略策定のコンサルティングを多くの業界・企業に提供。IT・デジタルを活用したオペレーションのデザインやプログラムマネジメントの支援も多い。

現在は、大手情報サービス、大手小売り、大手広告代理店、大手や中堅のシステム会社などに、DXやイノベーション創発のコンサルティングを提供中。早稲田大学政治経済学部卒業

2018年、生まれ育った東京から湯河原に三頭の豆柴犬と移住。湯河原や熱海の地域活性化を目的とした、一般社団法人ひと・まち・ライフ・デザイン協会の副理事長も務める。

 

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竹内 哲也

株式会社アイレップ 執行役員
ソリューションビジネスユニット ユニット長

NTTデータ、コーポレイトディレクションなどを経て、2014年にデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムに参画。2018年よりアイレップも兼務し、グループ全体の統合デジタルマーケティングを包括的に牽引。2019年度よりアイレップ専任執行役員。ソーシャルメディアマーケティング支援企業のシェアコト社外取締役も兼任。専門は事業開発。早稲田大学政経学部卒。著書に『統合デジタルマーケティングの実践: 戦略立案からオペレーションまで(東洋経済新報社)』や、5月29日に新刊『デジタル時代の基礎知識『BtoBマーケティング』(翔泳社)』を上梓。

この記事の著者

竹内 哲也

NTTデータ、コーポレイトディレクション等を経て、2014年にデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムに参画。2018年より株式会社アイレップも兼務し、グループ全体の統合デジタルマーケティングを包括的に牽引。2019年度より株式会社アイレップ専任執行役員。早稲田大学政経学部卒。専門は事業開発。

NTTデータ、コーポレイトディレクション等を経て、2014年...

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